論理はベクトルに過ぎない

今更ながら、「国家の品格」を読了。

本に記載されていた、
「論理はベクトルのようなもの。自分の立ち位置を示す座標軸、つまり道徳が必要」
という内容が、強く印象に残りました。
この本を読み、論理的に物事を構築するスキルと同時に、
自分自身の行動規範をしっかりと固めることが必要なんだと感じました。
今まで、「仕事をする」、「議論をする」というときには、「論理」というのはすごく重要で、
その「論理」を構築するスキルを身につけるべきだと思っていました。

ですが、相手と話す上で、自分自身の立ち位置が明確でなければ、
本当の意味で相手に何かを伝えることができないとわかりました。
また、私が相手に「論理的ではない」という印象を与える原因として、
自分自身の確固たる座標軸を持っていなかったことが最大の原因なのではないかと思います。
主張の原点を持っていないために、相手からすると、
「どの点からどの点に向かおうとしているのか?」がわからないのだと気づきました。
何かを遂行する際に、自分自身の原点がぶれてしまっていては、どれだけ他人に夢を語ろうが、行動が伴わない一貫性のない主張になってしまいます。
仕事でもそうなのですが、自分自身の将来を考えた上でも、
「自分がどうあるべきか」「どうしてその方向性に進むのか」
そういったことを改めて考え直してみたいと思います。
その自分の座標軸をあらゆる場所で主張することで、多くの障害と直面することになると思います。
その障害を乗り越えていくことが、自分が今なすべきことだと再確認しました。